モデルでタレントの中村アンさん。
最近では女優としても活躍しています。
実はチアリーディングの強豪校でキャプテンを務めていました。
大学はなんとスポーツ推薦で入学したそうです。
今回は「中村アンがチアをしていた高校はどこ?大学はスポーツ推薦で入学!」といった内容をお伝えします。
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中村アンはチア強豪校でキャプテンだった!
中村アンさんは女子高育ちで、チアリーディグの強豪校でキャプテンを務めていました。
通っていたのは中高一貫校である目白学園(現・目白研心中学・高校)です。
アンさんが中学生の時に高校のチアリーディグが日本一に輝いたことで、興味を持ったそう。
ただ、チアリーディング部がとても厳しくて有名だったので、アンさんは高校入学した際、正直入部を迷ったそうです。
それでも入部を決めたのは、高3の夏の大会で上位に入ると、大学へのスポーツ推薦枠がもらえる可能性があったからだそうです。
高校のチアリーディング部は入部希望者も少なく、仮入部の時点で20人くらいいるそうですが、結局半分は入部しないそう。
とても厳しい規則があるのも原因のようです。
1年生は45分前行動。当然、メイクも携帯もスカートを短くするのも禁止。髪は結ばなきゃいけないし、男子校の文化祭にも行っちゃいけない。下校時の寄り道、買い食いやプリクラもだめ。高校時代の楽しそうなこと、全部捨てないといけないんです。
引用:https://www.asahi.com/articles/ASGDS63QYGDSUEHF00Y.html
アンさんが迷っている時に、顧問の先生に強く入部を勧められたことで、チアリーディング部POLARISに入りました。
「学生の時にしかできないことをした方がいい。髪は卒業してから染められる。一つを得るためには、何かを犠牲にしないといけないよ」
アンさんは大学には行きたかったため、「遊べなくても、最後までやり切れば得るものはある」と決心し入部を決めたそう。
部活に入った1年の時は先輩が怖くて地獄だったそうです。
連帯責任で反省文を書かされたり、スポーツドリンクを飲んだ子がいたら反省会などを行ったそう。
高校3年時になった時にキャプテンとなり、自分でもこう思ったそうです。
制服やカバンを持っていることで学校を背負っている、強くあるためには規則を守らないといけない。
引用:https://www.asahi.com/articles/ASGDS63QYGDSUEHF00Y.html
アンさんは高校時代に全国大会に出場しています。
毎回大会前にはオーディションがあって、1軍と2軍に分けられたそう。
油断していたときに、1軍から落ちた経験もあるそうです。
基本的に1軍と2軍の2チーム。大会前、一人一人オーディションして点数をつけられ、上位16人までが1軍になります。私は運良く、早い段階から1軍でやらせてもらっていたんですが、一度落ちました。油断してたんですね。2軍の人の「抜かしてやろう」という気持ちを知らなかった。これは、芸能界にも通じる経験です。
引用:https://www.asahi.com/articles/ASGDS63QYGDSUEHF00Y.html
学生時代の経験が、競争に厳しい芸能界にも通じる経験となったようですね。
チアはフィギュアスケートと似たところがあり、ノーミスを目指し、そこから減点されていく方式。
アンさんは、こう語っています。
チアで一番大事なのは、切り替えです。
途中でミスをしても「踏ん張って食い止めて立ち上がるか。笑顔になれるか。それが大事。」とのこと。
チアを通して、相手を元気付けるために口角を上げて笑うということを学んだそうです。
一見華やかに見えるチアリーディングですが、怪我も多く、大会前には毎回オーディション、という厳しい世界とのこと。
ただ、アンさん曰く、一体感を味わったときには素晴らしい気分となり、やみつきになるそうです。
中村アンはスポーツ推薦で大学に入学!
中村アンさんはスポーツ推薦で「東洋英和女学院大学」に進学しています。
高3ではキャプテンとなって全国大会の決勝にも進出したアンさんは、その実績からスポーツ推薦で大学へ入学できたようです。
東洋英和女学院大学は、神奈川県横浜市に本部を置くミッション系の大学。
チアでは全国大会で上位常連校だそうです。
アンさんはチアリーダーズ部 PANTHERSに所属し、全国大会に出場しています。
東洋英和女学院大学は「国際社会学部」と「人間科学部」があるそうですが、アンさんがどちらに通っていたかは明らかにされていません。
アンさん曰く、高校で厳しかった分、大学ではたくさん遊んだそうです。
大学2年生の時にはモデルオーディションに出場し、グランプリも獲得しています。
芸能界で頑張れたのはスポーツのおかげ!
出典:モデルプレス
大学2年の時にモデルオーディションでグランプリを取るも、芸能界へ入らなかったそう。
普通の学生同様に3年の秋から就職活動をしたそうです。
その一方で、芸能界への道もあきらめきれず、人生は一度きりだからと可能性を感じて芸能界入りを決めました。
最初の頃はなかなか芽がなかったそうですが、「3年頑張ろう」と考えて耐えた結果、3年目にブレイクしています。
友人が社会で活躍する姿を見て芸能界は諦めそうになったこともあったそうですが、チアを通して培った根性があったそう。
「体育会系の部活で心身ともに鍛えられたことが大きいかな」と自己分析する。
(途中省略)
「練習も先輩も厳しくて本当に地獄でした。でも、プライベートを犠牲にした分、根性とか笑顔とか上下関係とか大切なことを学べた」。そして「何でも勝ち負けで考える」「すべての原動力が悔しさ」という負けん気の強さも、勝利を追い続けた7年間で備わった。
引用元:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/04/07/kiji/K20150407010126920.html
バラエティ番組では「少しでもインパクトを残せるよう、衣装も派手な色のワンピースを選んだ」そうです。
「それまでは周りに“あの子、必死だね”とか“痛いね”と言われるのがイヤで、ネコかぶってた。でも、もう次はない、何かしらの爪痕を残そうと、お酒の席で話しているようなことを思い切って言ってみた」
引用元:https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2015/04/07/kiji/K20150407010126920.html
そんなことから、最初は視聴者からの反発もあったようです。
それでもアンさんは部活で培った負けん気の強さで乗り切ました。
「一時は発言に対する反響が凄くてどうしようかと思った。でも、それだけ強い印象を残せたとプラスに解釈するようにしました」
プラスに考える強さを持っているからこそ、厳しい芸能界でもやっていけるのだと思います。
「踏ん張って食い止めて立ち上がり、笑顔になる。」といったチア時代の経験がいかされているようです。
中村アンさんは2015年からドラマで女優業にも挑戦。
2018年には「ラブリラン」でドラマ初主演を務めています。
まとめ
今回は「中村アンがチアをしていた高校はどこ?大学はスポーツ推薦で入学!」といった内容でお伝えしました。
中村アンさんがスポーツ推薦で大学に入っていたとは驚きました。
厳しい部活に身を置いて、上下関係や忍耐、プラス思考など色々と学んだようですね。
その経験が、厳しい芸能界という世界で生かされ、現在の活躍につながっているようです。